庭師の仕事

不便を愛し、
 近道を疑う。

Introduction 庭づくりに込める想い

現代は、あらゆることにすぐ答えが求められる時代です。しかし庭づくりにおいて、その答えが確かめられるのは、数十年後、あるいは数百年後かもしれません。だからこそ私たちは「近道」を最も警戒します。早さや効率が、必ずしも正しさや美しさにつながるとは限らないからです。機械でできる作業を、あえて手で行うことがあります。それは非効率なのではなく、あらゆるものを手で触れて抵抗を感じ取ることでしか得られない感覚の積み重ねで得られる感覚があるからです。その蓄積が私達を育ててくれます。
使いやすさと美しさの本質を問い続けること。その問いそのものを形にしていくこと。それが、植熊の露地庭づくりです。

The Art of Roji 露地という小宇宙を創る

  • 飛石を打つ(石の声を聴く)

    飛石を打つ(石の声を聴く)

    一歩一歩が山道を進む感覚を生み出す飛石。石の表情、大きさ、配置の間合い。すべては「歩く瞑想」のためにある。石を据える前に、何度も歩いてみる。躓きはないか、リズムは自然か。関守石を置く場所も、客人の動線を想像しながら決める。石は語らずとも、進むべき道を示している。
  • 蹲踞を据える(清めの場を設ける)

    蹲踞を据える(清めの場を設ける)

    手水鉢を中心に、前石、手燭石、湯桶石を配する蹲踞。据える時もお客さんや亭主の気持ちになり使いやすさの中に美意識を入れていきます。茶室に入る前の心の準備をする大切な場所です。水の音、苔の湿り気、石の配置が生む陰影。すべてが「市中の山居」を演出していきます。朝露に濡れた蹲踞の美しさに月影を宿す蹲踞に尊さを感じます。
  • 垣を編む(境界を結界にする)

    垣を編む(境界を結界にする)

    竹垣は単なる仕切りではない。外露地と内露地を分ける結界であり、俗世と茶の世界を隔てる装置だ。四ツ目垣を編む時、節と節が合わないよう注意する。「節合わせは不幸せ」という先人の教え。竹の選び方、編み方、結び方。すべてに意味があり、すべてに美がある。

Path of Craftsman 庭師の道を歩む

庭師の道を歩む その1 庭師の道を歩む その2 庭師の道を歩む その3 庭師の道を歩む その4
数ヶ月、時には数年をかけて創り上げた庭が完成する瞬間。施主様が初めて庭を目にした時の「想像以上です」という一言に、すべての苦労が報われます。私たちが守っているのは、千利休から続く「市中の山居」の思想と、京都が育んだ美意識です。それらを次の世代へと繋いでいく。百年後、私たちの創った庭で、誰かが季節の移ろいを感じている。その光景を想像しながら、今日も土に向き合います。自然は思い通りになりません。だからこそ面白い。木々の声に耳を澄まし、石と対話を重ねる日々。お客様の「ありがとう」と、自然からの無言の応答。その両方に支えられて、庭師という生き方があります。その喜びを、私たちと一緒に見つけてみませんか。技術は時間をかけて身につくもの。まずは、この仕事を愛せる感性があれば十分です。

Join Our Journey 庭づくりの道に興味を持たれた方へ

庭づくりの道に興味を持たれた方へ
京都という土地で、数百年続く景色の一部になる。
そんな仕事に魅力を感じていただけたなら、そして、共に学び続ける仲間を求めているなら、ぜひ植熊の門を叩いてください。露地づくりは、茶の湯の精神を形にする特別な仕事です。 飛石ひとつ、竹垣ひとつに込められた意味を理解し、それを次の時代へ伝えていく。簡単な道のりではありません。でも、だからこそやりがいがあります。
最初は竹箒の使い方から始まります。ただ掃くのではなく、美しい箒目を残す。その一つひとつの所作が、やがて庭づくりの感性を育てていきます。
私たちが求めているのは、即戦力ではありません。この仕事を心から愛せる人。お客様の喜びを自分の喜びにできる人。そして何より、自然に対して謙虚でいられる人です。不器用でも構いません。真っ直ぐな心を持った、新しい仲間をお待ちしております。
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